どうも、こんにちは!他人の目(社会の空間)が光っている場所において、人は他人の目(社会の空間)に対してなるべく迷惑をかけないようにと無意識、もしくは意識的に【取るべき行動】の選択をしながら社会生活を過ごしているかと思います。
しかもこの【取るべき行動】は法律で禁止されているものではなく、なんとなくで生み出されたその空間のルールに従う形で実行しているものです。
常識的行動の例を言えば
朝の朝礼で校長先生の話の際中は、静かにする
電車に乗っている時は声を小さく会話することを意識する
外にいる時は大声を出さない
汚いところは触らない(、手すりとか)
人前では鼻をほじらない、おならをしないといった生理現象の制限管理
得意先への営業は夏でもネクタイ(ケースバイケースですが)
公園でのボール遊び禁止及び大声で騒ぐ
皆が従わざるえない上の人達の意見の絶対論
掘り下げれば、まだまだあると思いますが、このような場面において、大体の人が行動に対する是正の選択をするのかな、と思います。
また、これらの行動に対して自己のコントロールが難しい子供だったり、脳の神経回路の伝達が上手くいかずにどうしても本能的に行動してしまう方にとっては、どうしても我慢できずについつい常識的行動に反することをしてしまうことは多々あります。
其の【取るべき行動】、言い方を変えれば【常識的行動】というものではありますが、そんな【常識的行動】を何故選択するべきなのかということについて理論的に説明できる方が如何ほどいるのかと、ふと思いました。
確かに常識的に考えるとこれらの行動を取ることによって他人様に不快な印象を与えることがあるものはいくつかあります。
相手に威圧感や恐怖心ヲあおるような怒鳴るような大声に関しては是正は必要ですし、人前で堂々と鼻をほじったり、おならするのも他人からしてみれば、清潔感の欠如が原因で自分に害が及ぶといった考え方が浮かんでしまい、是正するべきという意見が出てきても仕方のないことかもしれません。
ただよくよく考えてみると我慢できない要素があるものもあります。
朝の朝礼で校長先生の話の際中は、静かにする→話が事務的でつまらない為、静かにするのが苦痛。
汚いところは触らない→手すりが禁止なら外のものには何も触れないじゃん。
電車に乗っている時は声を小さく会話することを意識する→電車の音が大きく、自然と声はおおきくなってしまう。
得意先への営業は夏でもネクタイ(ケースバイケースですが)→熱中症で死ぬぞ!
外にいる時は大声を出さない→娯楽の空間でこの注意喚起はどうなんだろうと思う時がある。
公園でのボール遊び禁止及び大声で騒ぐ→本来、公園ってそういうものでは??
皆が従わざるえない上の人達の意見の絶対論→大体のケースが皆が思っている不満の根源
些細なこと言えばそれまでですが、【取るべき行動】の種類の中には、本来生き物が身についている衝動や現象に対して否定するようなものばかりです。
我慢しなければいけないのに我慢できないといったような行動に出てしまうのも、本来の性質からの否定によるストレスの増幅が原因と考えると、一概にダメとはいえないのかもしれません。
だからといって、他人の目を気にせず、傍若無人に振る舞うのが良いとは思いませんし、気にし過ぎてストレスが溜まり過ぎるのも何か違うし、曖昧で波のような不安定での日々をバランスを保つには、一筋縄ではいきません。
そんな時の対処法となるのが・・・・・・
いつもニコニコ従わず!
もしかしたら論点が多少ズレるかもしれませんが、
まずは、人様の前に出る際は、口角をあげることを意識しましょう。挨拶であれば明るく、声のトーンも下げ過ぎず、上げ過ぎずにバランスを保つ。その空間が自分にとっても相手にとってもパッと見て不穏な空気を生み出さない程度を作り出す。
そして、何でも良いので、目の前の事に集中する。全力で遊んだり、散らかっているものを片付けたり、自分が携わっているものとは一見無関係なものを調べたりなど)
とにかく雑音から遠ざけるような行為をやり続ける事です。そうすることで余計な煩悩が入る隙間がなくなり、自分にとってマイナスな情報が入りにくくなるので、他人の目がおのずと遠く離れていきます。
そうした状況を作り出した後は、ここが大事なポイントになってきますが、もし相手から理不尽な要求や辻褄が合わない物事の言いがかりを受けた場合は、あからさまに抗う態度を出さずに従わないことです。そしてこちらから突っかかることは避けます。
返答もどっちつかずの曖昧な感じにします。でもニコニコ笑顔は崩さずに‥…
これが意外と効果を発揮します。ブラック企業にいたときに感じましたが、このような態度を取ることで不思議と 良くも悪くも相手されなくなっていきました。
相手からすれば『こいつに何言ってもしょうがない。でも態度が悪くないので叱れない』みたいな印象を受けるのではないでしょうか。
他人の目が気になり過ぎて、それがストレスで支障をきたすほどであればぜひ試してほしい対処法です。
まとめ:程よく気にする
他人の目を気にすることで、身だしなみを整えたり、会話内容を注意したり、最低限の迷惑はかけないようにすることは、とても大事なことです。
でも気にしすぎは、視野の狭さと自分のあらゆる可能性を失う原因ともなります。極論ですが、宇宙的視野で考えると人間が考えた常識なんてちっぽけだし、絶対正しいなんてことはありえないのです。
大事なのは、自分がどう受け止めるかです。
ミクロの世界において、不変的に存在する絶対的な量子など存在しないことが解明された今日において、これはこうだという理論が覆されています。
それはどの人にもあらゆる可能性が秘められているという事実が今目の前にある。
だからこそ、自分の直感や感性を信じて、努力して生きていくことが求められる未来がもうそこまで来ているかもしれません。


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